仕事の効率を下げるマルチタスクの落とし穴:職場でいつも疲れる理由
現代のビジネスパーソンの一日は、鳴りやまない通知音とともに始まります。20を超えるSlackチャンネル、顧客ごとに分かれたメールラベル、その都度増えていくJiraのプロジェクトチャンネル。そこに、この2週間で新しく追加された4つのチャンネルまで加わると、まるで何十件もの会話を同時にさばくコールセンターの担当者になったような感覚になります。
一つひとつのメッセージは、机の上に積み上がっていく書類ファイルのようなものです。中に何が入っているかは開いてみるまで分かりません。今日一日を左右する緊急対応かもしれないし、上司からの鋭いフィードバックかもしれない。あるいは、特に重要ではない雑談かもしれません。だからこそ、見逃す不安から何度も新しいメッセージを確認してしまいます。
複雑な思考とマルチタスクのジレンマ
特に、プロダクトを企画したり、デザインを考えたり、戦略を立てたりと、複雑な思考と創造的な問題解決が求められる仕事では、集中力が何より重要です。けれど私たちは、ついマルチタスクを「複数の仕事を同時にこなす能力」と捉えて、良いことのように考えがちです。
問題は、実際に起きていることの多くが「同時進行」ではなく、単なる高速な作業切り替えだという点です。そしてその切り替えのたびに、仕事の効率も没入感も大きく落ちていきます。
マルチタスクの見えにくいコスト
見た目には複数の仕事を並行して進めているように見えても、実際には各作業の質が下がり、全体の生産性も落ちやすくなります。
特に、頻繁な作業切り替えで大きな問題になるのが、注意残余(Attention Residue)です。これは、ある仕事から別の仕事へ移るとき、注意力が100パーセント新しい仕事に移りきらず、一部が前の仕事に残ってしまう状態を指します。ひとつの業務に集中していた頭を別の業務へ切り替えると、前の仕事で感じていた緊張や思考が完全には消えずに残り、そのぶん認知機能が下がり、疲れも生まれます。しかも、この状態が抜けるまでには意外と時間がかかります。
たとえばレポートを書いている途中でメールを確認すると、メールの内容が頭の中に残り続け、レポートに戻っても集中が乱れてしまう。これはよくある典型例です。前の仕事は、切り替えた瞬間に消えてくれるわけではないのです。
短い中断が、長く尾を引く
研究でも、ほんの数秒の中断であっても、元の仕事に戻って完全な集中状態を取り戻すまでには、かなりの時間が必要になることが示されています。しかも現代では、こうした中断を外から受けるだけでなく、自分で自分に起こしてしまうことも少なくありません。
一度中断が入ると、集中力が途切れ、作業の文脈を一時的に見失い、再開のための準備に時間がかかります。さらに、元の深い集中に戻るまで追加の時間が必要になり、その間にストレスが増え、集中力はさらに落ちていきます。短い中断ほど軽く見えますが、実際には長い余波を残します。
疲労の本当の原因は、仕事量より「切り替えの多さ」
多くの人は、疲れる理由を「仕事量が多すぎるから」だと考えます。もちろんそれも一因ですが、実際には頻繁なコンテキストスイッチング、つまり作業の切り替えの多さが疲労の大きな原因になっていることがあります。
たとえば、有名ブロガーのマリア・ポポヴァは、毎日3本以上の記事を書き、50件のツイートを投稿していても、仕事量のわりに強い疲労を感じなかったと言われます。一方で、通知を追いかけて一日中あちこち切り替え続ける働き方では、作業量がそこまで多くなくても、驚くほど消耗してしまいます。
集中力が「スーパーパワー」になった時代
ほんの数十年前まで、深く集中する力は、働く人にとって当たり前の能力でした。メールもメッセンジャーもない時代は、仕事のチャネルが限られていて、電話や対面の打ち合わせでなければ、そこまで頻繁に邪魔が入りませんでした。
けれどデジタル環境の発達によって、即時メッセージと絶え間ない通知が私たちの注意を四方に引っ張るようになりました。今では、2時間以上ほとんど邪魔されずに集中できる人は、まるでスーパーヒーローのように貴重な存在です。
デジタル時代の新しい課題
SNSや各種デジタルプラットフォームは、私たちの視線をできるだけ長く引き留めるように設計されています。FOMO、無限スクロール、通知、そしてドーパミン報酬の仕組みは、常に私たちを画面へ引き戻します。
こうした環境に長くさらされると、自分でも気づかないうちに認知機能が落ちていくことがあります。短期記憶が弱くなったり、集中が続く時間が短くなったり、意思決定の質が下がったり、創造的な発想が出にくくなったり、感情のコントロールまで難しくなったりするのは、そのサインかもしれません。
仕事の「統合管理」が鍵になる
ここで重要になるキーワードが「統合」です。仕事がますますデジタル化し、情報が複数のプラットフォームに分散されるほど、「どこに何を書いたっけ」という不安は大きくなります。
だからこそ本当の解決策は、仕事、予定、関連資料をできるだけ一つの流れの中にまとめることです。カレンダー、ToDo、ノート、会議予定など、散らばっていた情報を一つのシステムで整理できれば、複数のアプリを行き来する必要が大きく減ります。ここで生まれる最大のメリットは、コンテキストスイッチングが目に見えて減ることです。
たとえば、会議予定を確認するためにカレンダーを開き、関連メモを書くために別のアプリへ移動し、アクションアイテムを登録するためにまた別のツールへ移る。こうした流れでは、そのたびに集中が切れます。一方で、統合された環境なら、予定確認からメモ、タスク登録までを一つの流れで処理できます。
そのぶん、ツール切り替えのクリック数も、頭を切り替えるための時間も減ります。「どこに書いたっけ」と探し回って時間とエネルギーを失うことも少なくなります。必要な情報を探すための無駄な移動が減るほど、本当に重要な仕事に集中しやすくなります。
まずはToDoから統合する
最も簡単な第一歩は、複数の場所に散らばっているToDoを一つのタスク管理ツールに集めることです。「いつかやる仕事」と「今日やる仕事」を同じ視点で見られるようになると、優先順位がずっと付けやすくなります。
ノートと会議管理も、同じ流れに乗せる
仕事の中で大きなコンテキストスイッチを生みやすい瞬間の一つが、会議の後です。会議が終わってから別のノートアプリに移って議事メモを書き、さらにタスク管理ツールへ移ってアクションアイテムを整理する。この一連の流れ自体が、余計な切り替えになりやすいのです。
もし会議予定が入っているカレンダーから、そのまま会議ノートを開き、会議中にアクションアイテムを作成できたらどうでしょうか。会議が終わった瞬間には、やるべきことがすでに整理され、ノートともつながっています。あとから「この会議で何を決めたんだっけ」と迷う場面も減らせます。
予定、ノート、ToDo、会議が一目で見える仕組みの良さ
こうした統合された仕組みの良さは、とても実務的です。まず、情報をあちこちにコピーして貼り直す重複作業が減ります。次に、情報が一か所に集まることで「何か見落としていないかな」という不安が小さくなります。そして、たとえ作業の切り替えが起きても、同じツールの中でノート、ToDo、予定をまとめて確認できるので、文脈を取り戻すのが早くなります。
実践方法:統合管理のシステムを作る
日常ルーティンの中で、一つの流れを作る
日常では、朝にその日のカレンダー予定とToDo、前日に残したノートを確認するところから始めると、頭の準備がしやすくなります。午前の集中時間は、重要なプロジェクトにまとまって取り組み、必要に応じて関連ノートや資料をすぐに開ける状態にしておきます。会議のあとには、議事メモとアクションアイテムをその場で整理し、優先順位を調整します。午後の集中時間には、追加コメントや新しい情報をノートに追記しながら、必要なら予定も更新します。退勤前には、翌日の予定を軽く見直し、ToDoを再確認して終える。この一連の流れができると、ツールをまたぐたびに思考を止める回数が大きく減ります。
コンテキスト切り替えを最小限にする
まず、通知を減らし、時間を決めて確認することが基本です。メッセンジャーやメールを常に開きっぱなしにするのではなく、たとえば午前11時と午後3時のように確認時間を決めておくと、作業中に別の仕事を意識し続けなくて済みます。
次に、マルチタスクのように見える働き方をやめて、一つの仕事に一定時間まとまって取り組むことです。1時間から2時間ほど一つの仕事に集中して区切りをつけてから、次の仕事へ移るほうが、結果的に速く進みます。会議や電話などの外部要因がある日でも、できる範囲でその仕事が一区切りつくタイミングに寄せるだけで、負担はかなり変わります。
さらに、急な会議などで作業が中断されるときは、「どこまで進めたか」「次に何をするか」を一言メモで残しておくのがおすすめです。戻ってきたときに「何を考えていたっけ」と思い出す時間が短くなり、再集中しやすくなります。
キャプチャ(Capture)の仕組みを持つ
GTDでいう「キャプチャ」は、頭に浮かんだアイデアやToDoを、その場で全部外に出しておく考え方です。新しい仕事や思いつきが出てきたときに、毎回その場で処理しようとすると、そこでまた切り替えが発生します。
そうではなく、統合ツールのインボックスのような決まった場所にいったん全部キャプチャしておき、あとで決めた時間にまとめて確認・整理する。この流れにするだけで、無秩序なコンテキストスイッチングはかなり減らせます。インボックスに集めて、タイムブロックに落とし込み、実行する。この順番が、集中を守るうえで大きな土台になります。
まとめ:統合された新しい働き方へ
結局、私たちが本当に疲れてしまう理由は、増え続ける仕事そのものというより、あちこちに意識を移し続けなければならない「切り替え」にあるのかもしれません。
だからこそ、マルチタスクという神話から離れて、予定、ToDo、ノート、会議情報を一か所に集める働き方を試してみる価値があります。複数のプラットフォームを行き来しながら、見落としを不安に感じ続ける必要はありません。
落ち着かない世界の中でも、深く集中する習慣を取り戻したいなら、まずは仕事の統合から始めてみてください。不要な切り替えが減るほど、私たちが本来持っている「一つのことに集中する力」は、少しずつ戻ってきます。